100年ライフの生き方

100歳まで生きてポックリ死ぬ。それが目標です。読書の楽しさに感化され、ありとあらゆるジャンルの本を読みまくってます。本屋めぐり、古本屋めぐり、図書館めぐり、が今ハマっていることです。

大学受験残酷物語

私の息子は今、高校三年生で毎日進学塾に通い、帰宅するのは23時ごろ。それからご飯を食べて、風呂に入り、また勉強して、、寝るのは深夜1時2時。次の日また6時ごろ起きて学校へ行ってます。どこぞのサラリーマンより余程忙しい毎日を送ってます。

 

きけば今の大学受験生はみんなこんなものだとか。

17,18の貴重な青春の時間に、いったい何をしているのでしょうか?

 

以前も書いた気がしますが、少子化で受験生はどんどん減り、教育産業はこのままではジリ貧と、必死です。

 

ある教育塾は、ウチにくるとこんな教育カリキュラムがあって、有名大学の受験対策ができますよと売り込んでます。

ライバルの教育塾も同じように、ウチに来ると「こんなに沢山勉強できる仕組みがありますよ。ウェブ動画で、いつでも勉強し放題ですよ」と売り込みます。食べ放題じゃないんだから。

 

親は、子供にいい大学に行ってもらいたいがために、高いお金を出して塾に行かせます。車が買えるぐらいのバカにならない金額です。

 

子供は、寝るまま惜しんで勉強します。だって学校の課題だけじゃなく塾の課題もあるから。いい大学に行けば生涯賃金が全然違う、とか洗脳されちゃいます。そんな簡単な話じゃないぜ。

 

これを、受験生みんながやるとどうなるか。

 

勉強スキルのインフレが起き、普通に勉強しただだけじゃ、周りに勝てません。もっと頑張らないといけなくなります。終わりなき戦いです。

 

この物語の終わりはどこにあるのでしょうか?

必死に勉強して、いい大学には入って、いい会社に就職しても、戦いは終わりません。頑張っていい会社に入っても、体壊してリタイヤしたらそこで試合終了。

 

と、ここまで書いて気づきましたが、大学受験だけじゃなく、幼稚園、小学校から受験に巻き込まれる子供たちもいるということを。

 

あともう一つ、いつから理系の大学生はマスター過程まで行くのが当たり前になったのですか?企業のせいですか。

 

会社に入るために勉強するんじゃないぜ。

世の中の仕組みを体系的に理解できるようになって、社会に役立てるように自分を高めるためだぜ。

 

こんな残酷な物語は終わらせないといけない。

生き抜くために必要なことはもっと別にところにある。

 

そう思うのは私だけでしょうか。

悲しくなってきます。